2021/04/01 その他の法律情報 遺言・相続
判例解説|相続により賃貸人たる地位を承継した者は、当然に敷金返還債務を承継するとした判例(大阪高判令和元年12月26日・敷金返還請求控訴事件) 【アパートの相続】【賃貸不動産の相続】
はじめに
大阪高等裁判所令和元年12月26日判決について解説いたします。
この判例は、相続債務の中に敷金返還債務がある場合、
相続により賃貸人たる地位を承継した者が当然に敷金返還債務を承継するのか、
あるいは、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するのか、
が争いとなりました。
どちらの結論になるかで、
賃貸人たる地位を承継した者に対し、敷金全額の返還請求をすべきなのか、
あるいは、各相続人に対し、相続分に応じた敷金額の返還請求すべきなのか、
取るべき対応が異なることになります。
事案の概要
賃貸人Aと賃借人Xは建物の賃貸借契約を締結し、XはAに対し、敷金を預けました。
その後、Aは亡くなり、Aについて相続が開始しました。
相続人は6名いましたが、当該建物の所有権及び賃貸人たる地位は、相続人の1人であるBが承継しました。
Xは、敷金返還債務は法定相続分に応じて各相続人に法律上当然に分割承継されているとして、
賃貸人となったBではなく、他の相続人であるYに対し、
Yの相続分に応じた敷金の返還を求めました。
判決の要旨
大阪高等裁判所は、下記の通り判示して、Xの請求を棄却しました。
「敷金は,賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから,敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し,賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え,賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差し入れる労と,旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば,賃貸人たる地位に承継があった場合には,敷金に関する法律関係は新賃貸人に当然に承継されるものと解すべきである。そして,上記のような敷金の担保としての性質や賃借人保護の必要性は,賃貸人たる地位の承継が,賃貸物件の売買等による特定承継の場合と,相続による包括承継の場合とで何ら変わるものではないから,賃貸借契約と敷金に関する法律関係に係る上記の法理は,包括承継の場合にも当然に妥当するものというべきである。」
上記判例の解説
まず、本件と同様に敷金返還債務の承継が問題になったケースがあります。
「建物所有権の移転に伴い賃貸人たる地位を承継した者が、
敷金に関する権利義務を当然に承継する」(最判昭和44年7月17日)
もっとも、この判例は、本件のように相続による包括承継ではなく、
売買による特定承継のケースでした。
一方、相続債務がどのように承継されるのかについて、以下の判例があります。
「相続人が数人ある場合に、被相続人の金銭債務その他の可分債務は、
法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継する」
(最判昭和34年6月19日)
このように、敷金返還債務であることを重視すれば、
賃貸人たる地位を承継した者が敷金返還債務を当然に承継することになりますし、
一方で、相続債務であることを重視すれば、
各共同相続人が相続分に応じて承継することになります。
結論としては、
敷金返還債務については、賃貸人たる地位を承継した者が当然に承継するものとされました。
本来、可分債務は法律上当然に分割され、
各共同相続人が相続分に応じて承継するというのが相続債務の扱いですが、
敷金返還債務については、これと異なる扱いをしたことになります。
今回ご紹介した判決は、敷金に関する権利義務の承継について、
売買契約などの特定承継の場合だけでなく、
相続による包括承継の場合でも異なることは無いとした点に意義があります。
注意点
相続財産の中に、賃貸不動産、いわゆる収益物件がある場合は、
その不動産及び賃貸人たる地位を承継した相続人が敷金返還債務も当然に承継することになります。
一方で、敷金額に相当する現金預貯金については、当然には承継しませんので、
遺産分割協議を行う場合は、現金預貯金の有無を確認するとともに、
賃貸不動産を取得する者が敷金額に相当する現金預貯金を取得するように注意すべきでしょう。
また、遺言書を作成する場合も同様の注意が必要です。
ポイントの整理
- 被相続人の金銭債務その他の可分債務は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて承継する
- しかし、敷金返還債務については、賃貸人たる地位を承継した相続人が当然に承継する
- 賃貸不動産を取得し、賃貸人たる地位を承継した相続人が敷金額に相当する現金預貯金を取得出来るように配慮する必要がある
※関連ページ
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