2019/07/04 その他 遺言・相続

事務所内勉強会(相続開始後の遺産預貯金の払戻しに関して)

1 今回の事務所内勉強会

 

今回の事務所内勉強会では、

判例タイムズ2017年12月号掲載の
「相続開始後の遺産預貯金の払戻しに関する3つの問題の考察-最大決平成28.12.19の影響」

を題材にしました。

 

 

2 従前の遺産分割における預貯金の扱い

 

従前、相続財産に含まれる預貯金は、相続開始によって法律上当然に分割されるため、共同相続人の共有財産ではなく、遺産分割の対象とはされていませんでした。

 

預金が遺産分割の対象外ということは、法律家にとっては当然のことでしたが、一般の方の理解とは大きく異なる点だったと思います。

 

当事者間の遺産分割協議では、預貯金も遺産分割の対象にすることが多かったと思います。また、法律上は遺産分割協議は不要なのですが、相続人間の紛争に巻き込まれるリスクを回避するという目的のために、金融機関からも、預貯金について遺産分割協議を求められることが多い状況でした。

 

一方、家庭裁判所で行われる遺産分割調停においては、預貯金が当然に遺産分割の対象になるものではなく、相続人全員が遺産分割の対象とすることに合意した場合のみ、遺産分割調停の対象とするという、判例通りの扱いが取られていました。

 

ここまでが判例変更前の話です。

 

 

3 最高裁平成28年12月19日決定後の遺産分割における遺産預貯金の扱い

 

現在はどうかというと、最高裁平成28年12月19日決定の結果、預貯金は、相続人全員の合意がなくても、当然に遺産分割調停・審判の対象とされています。

 

ある意味、一般の方の感覚、また、金融機関の対応と整合するような判例変更がされたことになります。

 

また、法律上も預貯金について遺産分割協議が求められることになりましたので、被相続人の預貯金を頼りに生活をしている推定相続人のために、今まで以上に遺言書を作成する必要性は高くなったとも言えます。

 

 

4 相続開始後に遺産預貯金が払い戻された場合について

 

上記論文は、最高裁平成28年12月19日決定が実務にどのような影響を与えるのかについて論じたものです。

 

まず、相続開始後に遺産預貯金が払い戻された場合、その預貯金については、遺産の対象ではなくなるという理解を確認しています。

 

その上で、相続開始後に遺産預貯金が払い戻されて遺産の対象から外れた場合における遺産分割においては、特別受益と寄与分の主張をどのように扱って具体的相続分を算定し、続けて、各相続人の現実的取得分額を算定すべきなのか。

 

また、払い戻されてしまった相続人が損害賠償請求する場合の損害額(不当利得返還請求の場合は損失額)を損害論に基づいてどのように計算すべきなのかを論じています。

 

従前は、遺産分割協議を経ることなく、当然に法定相続分で分割されており、特別受益や寄与分による具体的相続分を計算する必要はありませんでしたので、これらの問題は生じませんでした。

 

判例変更により、今まではなかった論点が生じてしまったということです。

 

ちなみに、論文では、相続開始後に遺産分割前に預貯金を引き出した場合を論じており、相続開始前に、つまり被相続人の生前に、推定相続人が預金を勝手に引き出した場合(いわゆる使途不明金問題)とは異なりますので、ご注意ください。

 

判例変更がされてから、まだ3年半程度しか経過しておりませんので、今後の実務上の試行錯誤、裁判例の積み重ねが求められますが、この問題に出会ったときは、今回の論文を手掛かりにしたいと考えおります。

 

 

5 改正相続法の施行

 

なお、令和元年7月1日から改正相続法が施行され、次のような条項が設けられました。

 

(遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)

第906条の2
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

 

この条文を適用することができる場合は、上記論文が論じているような難しい問題は生じなくなりそうですが、必ず適用できるわけではありません。

 

また、最高裁平成28年12月19日決定により預貯金が遺産分割協議の対象になったことに対する救済策として、以下の条項も創設されています。

 

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

第909条の2
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

 

 

6 最後に

 

当事務所は、中小企業法務・ベンチャー企業法務など会社の法律問題と、遺産分割・遺留分減殺請求(遺留分侵害額請求)・相続放棄・遺言など相続案件を中心に取り扱っています。

 

そのため、日々相続案件について研鑽を積んでいますが、今回の論文を通して、相続案件を極めることの奥深さを改めて実感しました。

 

今後も努力を怠らないようにしていきたいと思っております。

 

 

白土文也